化学物質のリスクアセスメントとは
この記事でわかること
- 化学物質のリスクアセスメントが法令で義務化された背景と現状
- GHS区分を使ったリスクの見積もり方
- 現場で実践できるリスク低減策の検討順序と記録の重要性
寄稿:水口 裕尊(東京大学大学院農学生命科学研究科・環境安全管理室 講師)
はじめに
近年の労働安全衛生法等の改正により、化学物質の自主管理が求められ、その中で化学物質に係るリスクアセスメントの実施が義務付けられるようになった。しかしながら、令和6年の厚生労働省による実態調査1によると、リスクアセスメントの実施状況別事業所割合では、令和5年度の調査において、労働安全衛生法第57条の2に該当する化学物質については、全て実施している:58.2%、一部実施している:34.6%、まったく実施していない:7.3%の回答となっている。このことから、完全な実施(全て実施)ができているのは約6割に留まり、残り約4割の事業所では未実施または不十分な状況にある。また、平成30年労働安全衛生調査によれば、リスクアセスメントの実施率は企業規模が小さくなるほど低下し、10~49人規模において30%の実施率となっている2。実施をしない理由としては、「人材がいない」、「方法が分からない」が多くを占めており、これは、これまでに提供されてきたリスクアセスメントのための支援ツール等の使用そのものが目的化してしまい、リスクアセスメントの本質的な意義や活動内容が十分に浸透していないことが一因として考えられる。
そのため、化学物質のリスクアセスメントを浸透させ、実施を容易にしていくためには、リスクアセスメントがどのような活動なのかを整理し、どのようなことをすればよいのかを理解していく必要がある。
リスクアセスメントとは
労働安全衛生法第28条の2において、「事業者は、建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等による、又は作業行動その他業務に起因する危険有害性等を調査し、(中略)、労働者の危険又は健康障害を防止するため必要な措置を講ずるように努めなければならない。」4と規定されている。化学物質について考えてみると、危険性とは発火・爆発を、有害性とは健康有害性を主に指すものと考えられる(もちろん、他の要素もあるが)。
危険有害性の把握とGHS区分
SDSを確認すると、これらの情報はGHS区分として記載されており、GHS区分の数値が小さいほど危険有害性が高いものとして評価されている。また、GHS区分の健康有害性項目では、起こりうる疾病や標的臓器等の記載もあり、GHS区分を見れば、使用する化学物質の持つ危険有害性がどの程度のものかは把握できる(図1)。このように、GHS区分から起こり得る災害及びその被害を想定し、その発生する可能性(確率)と被害の程度からリスクの大きさを評価した上で、想定された災害が起きないような対策を検討し、実行・記録をしていくこととなる。

リスク低減策の検討順序
GHS区分等を用いて危険有害性及び被害の程度が推定されれば、これらの被害を低減するために必要な措置を検討しなければならない。危険性については、火災や爆発、その他の想定される災害について、これを起こさないようにするためにどうすれば良いか検討すべきであり、火源との接触を防ぐことや加熱の制限、静電気の予防などの措置が考えられる。有害性については体内に侵入することにより健康障害が発生することになることから、経気ばく露(吸入ばく露)または経皮ばく露を防ぐための方策を検討することとなる(図2)。これらのばく露を防ぐためには、防毒マスクの使用や保護手袋等の個人用保護具(Personal protective Equipment: PPE)の着用が考えられるが、PPEを使う前に、まずは、有害性の低い物質への代替等の本質的対策や、自動化や局所排気装置等の工学的手法による低減措置について検討するとともに、ばく露時間の短縮や安全教育の実施等による管理的対策を実施した上で、これらの手法で取りきれないリスクを防ぐ目的についてのみ、PPEは使用されるべきである。

工学的手法を検討する際には、まずは法律・規則等により講じなければならない対策が義務付けられているか確認をしなければならない。例えば、有機溶剤中毒予防規則や特定化学物質障害防止規則などで規制を受けている物質については、局所排気装置等の設置が義務付けられている。規制対象外の物質についても、GHS評価により同様の危険有害性が認められる場合には、同様の工学的手法を用いるべきであろう。揮発性化学物質の経気ばく露(吸入ばく露)を防ぐ目的では、ドラフトチャンバーを含む局所排気装置の使用が有用である。また、経皮ばく露を防ぐ手段としては、ロボット等を用いた作業の自動化や、トング等を用いるなどの、危険源と作業者の間に距離を確保しての操作が検討されることになるだろう。しかしながら、このような対策を講じることがコスト面やその他の理由により現実的でないと判断される際には、初めて個人用保護具を検討することとなる。
また、管理的手法についても検討されなければならない。管理的手法とは、事故災害が発生しにくいような作業工程を検討した上で、これをマニュアルとして整備・周知することや、作業者教育等により、作業者の知識・技能を育成することにより、安全作業へと行動変容させること、また、必要により当該作業場所を立入制限することなどにより、安全性を高めることなどが挙げられる。
記録の重要性
これらの「リスクの見積もり」、「リスクの低減策の検討」、「実施」をする過程については、記録が取られていなければならない。リスクアセスメントについて聴取を行うと、化学物質単体について検討されている事例が見られるが、工程において化学物質を単体で使用することは稀であり、そのことからも、工程を通じて使用する化学物質全体についてリスクは見積もられるべきである。また、記録が取られることによって、作業者が変わってもリスクの把握が容易になる。工程が変更される際や原料が変更となる場合にあっては、その部分を変更してリスクアセスメントが実施できることになり、後のリスク管理が容易となることが期待される。
まとめ
リスクアセスメントの目的は、作業工程において使用する化学物質によるリスクを特定して、そのリスクによって発生する災害を未然に防止ことである。そのために、災害が発生する可能性について検討を行うことで事故災害対策の優先付けを行い、発災リスクの高いものから順次対策を講じることにより、作業の安全性を高めていこうとする活動をリスクアセスメントと呼ぶことができよう。 リスクアセスメントは、使用する化学物質の危険有害性を理解し、使用する作業工程内で発災し得る災害と被害の程度を把握することが出発点である。そして、発災の可能性について検討を行い、被害の程度と発災確率の高いものから優先的に、被害の程度を最小限に抑えるための対策を構築し、これを記録する一連の作業である。危険有害性の理解を助ける目的で様々なツールが開発されているが、これらを使用することがリスクアセスメントではなく、これらを活用して、危険有害性及び発災確率の把握をし、対策を講じることにより、リスクアセスメントの実施が形式的な作業に留まることなく、現場の実態に即した実効性のある労働災害防止活動につながることを切に願う。
参考文献
1.令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況,厚生労働省,URL:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r05-46-50_gaikyo.pdf,令和6年7月25日(最終閲覧:2026年4月23日)
2.厚生労働省「新たな化学物質管理~化学物質への理解を高め自律的な管理を基本とする仕組みへ~」,令和4年2月
3.JIS Q 31000:2019 日本規格協会編,2025
4.労働安全衛生法,昭和47年10月1日施行,令和7年
5.「GHS」パンフレット-化学品の分類および表示に関する世界調和システムについて-,環境省,2013年3月,https://www.env.go.jp/content/900409802.pdf,(最終閲覧:2026年4月25日)
